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管理人Kazamiの日常をグダグダ伝えていきます。 あなたのコメントが僕を救う
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第234回「自分から○○を取ったら何も残らない」
第234回「自分から○○を取ったら何も残らない」







流石にそんなものは無い。
そんなに薄ありません。Kazamiです。

なるほど。
確かに自分が興味があって、それが自分の意識している部分に大きく関わっているって言うのはありますよね。
僕の中では『洋服』です


面白くなくてごめんね。
やっぱり洋服は学ぶことがたくさんあるし、それによって見えてくるものがあって。
それを踏まえることによって自分が輝く可能性があるのです。
楽しくないわけが無い!!!!!

どうしても流行だったりでボニャリと覚えて洋服を着ている点があるんだけど^^;
けど、その歴史的な部分だったり社会的な感じ方(イメージかな^^;)をしっかりと捉えることでより筋道を立てて考えることが出来る。
それによって、さらにイメージだったりが膨らむ。
そして、人が印象を決める際に9割を占めるといわれている『見た目』が変化するのだから、楽しくないわけが無い。


これがないと何も残らない、ってわけじゃないけどそれでも自分の独自性を出せる分野だと思う。
だからこそ、一緒の話を出来るのがザック&サラだけだったのに、離れたのは寂しい。
けど、いつか一緒に会って『最近のユニクロ、やるよね』とか話してみたいです^^
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第226回「引っ越すならどこに住みたい?」
第226回「引っ越すならどこに住みたい?」



う~ん・・・・・とりあえず日本に住みたい!
そして街に近いんだけど静かなところに住みたいです。
だから、仙台駅前に精神と時の部屋の入り口があったら理想です。
でもそれはありえないです。
だから、とりあえず街中のマンションの最上階に住みたいです。


ちなみに住んでみたいのは、仙台です。
やっぱり住んでみてこの街が好きです。
適度に田舎で適度に都会で。
素敵な街です^^
第223回「卒業式に歌った歌」
第223回「卒業式に歌った歌」


リアルに卒業式シーズンですよねぇ~。
本当にそうですよね~。

今年で24歳の猪年のです。Kazamiです。
なので色々と卒業式には歌を歌ってきました。
特に印象的なのはKiroroの『Best Friend』です。

まぁ、歌ってないけどなあぁ


これは、オイラが小学校で半年だけ講師をしていた時期がありました。
その年の卒業生が歌った曲がKiroroのBest Friendでした。

どちらかと言うと、女子は気難しくなってきて、それなのに男子はまだバカやってて。
そう言う違いとかも全然分からないから、色々と複雑に思うこともありました。

けど、それでも半年間ずっと見守ってきた生徒には違いありません。
みんなの6年生の半年間しか見れなかったけど、それでも悲しみを堪えながら胸を張ってこの曲を歌っていたのが印象的でした。

今保育士を目指しているのは、そのときの思い出があるからだと感じると、より大切な曲にも感じてきます。


曲としてのクオリティーも高くて、歌詞が特に素敵です。
Best Friendなので、特定の友達に贈った曲になっているので感情移入しやすいです。
君たち』と歌って、大多数に広く届くことを重要視されてたこの頃では貴重な曲です。
今でも、今だからこそ届くと思います。


コレを聞くと号泣するから、卒業式でKazamiの涙を見たい人は、是非CDを用意してね。
水曜どうでしょう』を見て号泣と言う、貴重さの欠片も無いKazamiの涙が見れると思います。


ちなみに、1番だけ載せておきま~す。


KiroroBest Friend

もう大丈夫心配ないと 泣きそうな私のそばで

いつも変わらない笑顔で ささやいてくれた

まだ まだ まだやれるよ だっていつでも輝いてる

時には急ぎすぎて 見失う事もあるよ 仕方ない

ずっと見守っているからって 笑顔で

いつものように 抱きしめた

あなたの笑顔に 何度助けられただろう

ありがとう ありがとう Best Friend
第216回「読めるかな?変わった地名」
第216回「読めるかな?変わった地名」


ってことで、読みにくい地名ってありますよね。
実は、青森にもあります。
それは・・・・・


大田光



爆笑問題の太田光とは違います。
これで立派な地名です。

さぁ、分かる人いるかな??
分かったら称号を与えるよ^^
あの称号をグングン与えます。
第201回「こんな懸賞に当たった事があります!」
第201回「こんな懸賞に当たった事があります!」

くじ運だけは人一倍無いKazami。
けど、今まで一度だけ当たった事がありました。
それは今でもはっきり覚えてます。
あれは確か、3歳か4歳か5歳くらいの秋口。



ある日。
おかんに言われて、手を朱肉で真っ赤に染められました。
そしてそれを、紙にべっっったりとつけて手形を取りました。
その手形を押した紙こそが、人生で唯一当選したことがある
のらくろ君手形用台紙』でした。











そんな思い出があります。
当時は『月刊テレビマガジン』とか買ってたからな~。
たぶんそれ系で、『応募者 なんと 2000名さまに当たる!!!!』的な感じだったと思います。

印象に残ってるのは、それくらいかな。
本当に懸賞には縁の無い人生を送ってきました。
♪人生色々 男も色々♪
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